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■2008/04/20(日) 【日韓歴史】 日本の起源と東アジアの未来〜韓半島は過去、日本の政治的・文化的形態を規定してきた[04/14]
1 名前:蚯蚓φ ★[sage] 投稿日:2008/04/20(日) 00:49:01 ID:???http://www.donga.com/docs/magazine/weekly/2008/04/14/200804140500048/image/200804140500048_1.jpg近代国家の中で日本ほど伝統的な特色を維持している国は珍しい。昔から幾多の人々が日本列島に渡来したが、それは「外勢による軍事的征服と強圧的統治」ではなかった。それでは、日本文明が独自に発展できた理由は何だろう。「島国」と言う地政学的孤立が絶対的理由だろう。もちろん、これだけでは説明不足だ。このため、日本人と日本語、日本精神文化の起源の問題はいつも熱い関心事だ。日本人の起源に関する学説は大きく三種類ある。第一、B.C.2万年前、氷河期に日本へ流れこんで来た人々が列島の先住民である繩文人になり、ますます進化したという学説だ。この学説とおりなら日本人は1万2000年間、独自の遺伝子を維持した単一民族だ。大部分の日本人はこれを信じている。二番目の学説は寒い気候に耐える稲品種、潅漑水路を土台にした労動集約的稲作技術、シャベルとくわなどを作る鉄器文化などを持った古代韓国人が大規模に移動して弥生(B.C.4世紀〜紀元後3世紀)文明を立て、現代日本人はまさに彼らの子孫というものだ。三番目の説は古代韓半島からの渡来人たちが移住して来たが、規模は小さかった。代わりに生産性の高い稲作をする渡来人たちの人口が狩猟採集民である繩文人よりずっと早く増えたはずだ、という折衷的主張だ。また中央アジア遊牧・騎馬民族が紀元後、4世紀頃、韓半島を経て日本を征服したという説もある。西欧の学者は二番目の説を信じる人が多い。例えばカリフォルニア州立大学のジャレド・ダイアモンド教授は「銃・病原菌・鉄」で遺骨のDNA分析を土台に紀元後400年前後の古代韓国人の移住が、現代日本人に莫大な影響を及ぼしたと主張する。先に繩文人は足が短かくて背が低く、相対的に下腕が長い。また丸くて平たい顔は、眉間が遠くて上瞼が著しく出っ張ったうえ、鼻と鼻梁が明確だ。一方、弥生人は繩文人より平均3〜5cm以上大きく、顔は長くて狭く、上瞼と鼻は平たい。結局繩文人の頭蓋骨は現代日本人よりは日本の少数民族であるアイヌ人とよく似ている。一方、弥生人の頭蓋骨は現代日本人と一番似ている。韓国人と弥生人の混血比率が繩文人とアイヌ人の遺伝子構成より優勢であり、古代韓国の渡来人たちが現代日本人の起源に影響を及ぼしたという推測が可能だ。ダイアモンド教授はこれと共に言語を有力な証拠と見ている。実は日本語と韓国語は同じウラル・アルタイ語族だが違いを見せる。従って、これは韓国人起源説に反論する証拠として多く使われてきた。しかし、ダイアモンド教授は現代韓国語は新羅語から始まり、一部伝わる高句麗の単語は韓国語よりむしろ日本語に似ていると主張する。また日本の古代彫像はひげがもじゃもじゃしているアイヌ族ではなく、古代韓国人たちを描いた姿だ。これも有力な証拠だ。1869年、日本が北海道を併合する前まで、主にその場所に居住したアイヌ族の男たちはもじゃもじゃしたあごひげに全身に毛が多く、指紋や耳たぶも特異的だ。彼らはユーラシア大陸を横切って、北海道に定着した白人コーカサス人種に属すると言う。クビライのモンゴルが日本征伐を諦めた理由は、日本人たちの主張どおりただ神風が吹いたためだろうか。コロンビア大学の柄谷善男教授は「日本精神の起源」でモンゴルが朝鮮の30年抵抗に力をすべて使いつくしたから、日本征伐をあきらめたと言う。また日本・中国・モンゴル・ロシアの間に韓半島があって、日本はただ一回の軍事的征服にもあわなかった。天皇制が存続できた理由も根深い「(日本の)神話的な神風」が吹いたからではなく、韓半島があったからだというのだ。すなわち、韓半島のお陰で日本は一回も異民族に直接支配されなかったし、それがつまり天皇制を長い間持続できた理由という。第2次世界大戦後、マッカーサーの対日本政策も同じだった。マッカーサーは対ソ連戦略に天皇を利用するために、戦争の最高責任者である天皇の責任を兔罪した。その結果、日本は(象徴的)天皇制を維持しながら「見ないアメリカに任せて経済だけ没入(吉田路線)」することで今日の強大国として復活した。柄谷教授はそのため「もし韓国がソ連や中国勢力が南下する防波堤の役割をしなかったら、戦後日本の政治体制が存続する事はなかったはずだ」と言う。かな文字も同じだ。7世紀頃の万葉仮名は元々、古代韓国で使われたものだったのみならず、韓半島から帰化した人々によって考案された。このかな文字は後に韓国では消えた。一方、現代日本語の平仮名と片仮名は9世紀頃、慣習的に使われた「漢字の表音的使用(万葉仮名)」を簡単にしたものだ。それで、柄谷教授は日本語の起源を日本人の「独自の」知恵と説明するのはおかしな話としながら、奈良時代、大和朝廷の律令制採択や仏教受容、平安時代に漢字と万葉仮名を基盤に作った現代日本語(かな文字)の誕生などは日本が「東アジアの島国」だからであって、決して「一方的に孤立した島国」として何か内在的な力があったからではないと主張する。一言で無から有を創造しなかったという話だ。(中略=朝鮮通信使・高句麗の曇徴・百済の王仁、恵慈などが文化を伝えた)ダイアモンド教授と柄谷教授はどちらも韓日交渉史で「韓半島は日本の政治的・文化的形態を規定した」と言う。韓国から渡来したことも雑居しているという話だ。それでも韓国が優越感におぼれなさいというメッセージではない。ダイアモンド教授は歴史的反目のため「韓国人と日本人は納得しにくいだろうが、韓国と日本は成長期を一緒に過ごした双子の兄弟なので、東アジアの未来は両国が古代に積んできた紐帯を成功的に再発見することができるか」にかかっていると言う。文明と言うものは、風のように流れる文化を網で捕らえるようなもので、相互に交わしたものを一方的に否定しない、そんな開かれた姿勢を要求する言葉ではないだろうか。ソース:東亜日報(韓国語)日本の起源と東アジアの未来http://www.donga.com/docs/magazine/weekly/2008/04/14/200804140500048/200804140500048_1.html関連スレ:【日韓】 歴史は未来の鏡だ〜李明博大統領は未来指向というがこれまで水をさしてきたのは日本[04/15]http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1208356632/
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